アングルが「我らが愛しのおてんば伯爵夫人」と呼んだこの女性は、作家のスタール夫人の孫娘にあたり、社交界の花形であった。
アングルは考え込むようすの夫人を描いており、鐘に映ったうしろ姿を取り込むことで絵全体に奥行きを与えている。
アングルの時代のアカデミーの理論では、美術は人間や事物を現実にあるがままの姿で描くのではなく、美の基準として公認された、いわゆる「理想化の原理」に従って描くべきだとされていた。
アングルやその当時の人々にとって、ラファエロの描いた聖母は、女性の優雅さと柔和さそのものだった。
そのため、パリの画家のアトリエはどこも、≪椅子の聖母≫のような作品の銅版画や複製で飾られ
ていた。
アカデミーではまた、絵が「洗練されている」ことを重要視した。理想化された姿形は、後期ルネサンスの肖像画家アーニョロ・ブロンズィーノの、滑らかでエナメルのような手法で描くべきだと教えていたのである。
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