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シャガール 西洋絵画美術館

西洋絵画美術館

真の芸術は愛の中にこそある。。

1887年、マルク・シャガールは帝政ロシアの一部であった現ベラルーシ共和国のヴィテブスクのユダヤ人街に生まれた。この地域はドイツ語、ヘブライ語、スラブ系言語の混合言語であるイディシュ語を話す人々によって形成された地域で独特の文化をを築いていた。そんな中で育ったシャガールはヴィテブスク特有の風土や文化の影響を受け、シャガールの精神形成に大きな役割を果たした。
1910年、シャガールはパリに到着する。パリのモンパルナスに住み着いた彼はモディリアーニやスーチン、パスキンなど後のエコール・ド・パリの巨匠たちと交流を結びサロン・ドートンヌやアンデパンダン展などに出品を続け次第にその評価を高めていった。
幻想的な作風は、特に詩人たちの心を揺さぶり、彼らはシャガールを絶賛すことこととなった。
1914年、ドイツのベルリンにあるシュトゥルム画廊で初めての個展を開き美術界での評価を不動のものとした。
パリでの製作活動は経済的にも安定したものとなり平穏な毎日が続いた。しかし1930年ごろからヨーロッパにはファシズムの足音が聞こえるようになり1941年、シャガールはアメリカへの亡命を決意しニューヨークへ移り住む。
以前からアメリカでの評価も高かったシャガールはニュヨーク近代美術館での個展に大成功をおさめた。
そうして、その後は巨匠としての評価を確固たるものとした。
シャガールの作品は常に愛と祈りが主題となり幻想的な風景が描かれ色彩の魔術師ともいわれた。



作品
お知らせ


   
 「私と村」
「枝」 
   
「エッフェル塔の新郎新婦」   「花嫁」
   
「ヴィテブスクの冬の夜」   「夜に」
   
「ヴァイオリン弾き」   「赤い太陽」
   
「窓から見たパリ」  「青い天使」