Rococo 1700〜1800                            西洋画美術館 >> ロココ


バロックに続く一時代築いた美術文化。
豪壮・華麗なバロックに対して、優美・繊細なロココともいわれるが、両者の境界は必ずしも明確ではなく、ロココはバロックの一種と考える人もいる。
イタリアを中心として回っていた絵画文化がフランスへ移り宗教性が薄らぎ絵画が庶民文化の中へ浸透してきた時代である。
フランスではルイ14世が亡くなり、貴族たちがそれまで強制的に住まわされていたベルサイユ宮殿を出て自由で開放的なムードに浸っていた。
そうした環境から生まれたのがロココである。
ロココとはロカイユ(貝殻装飾)が語源だが全体に丸みのあるデザインを総称している。
絵画の主題も堅苦しさが消え曲線を利用した優雅で甘美な構図が多用されている。


ヴァトゥー  1684〜1721
ジャン・アントワーヌ・ヴァトゥーは18世紀フランス画壇において最も重要な画家であり、ロココ様式の形成に大きな役割を果たした。
悲劇とも言われる彼の短い生涯は、数多くのロマンティックな虚構に彩られている。
彼は地方のつましい家庭の生まれで、父親は粗野な人間だった。金も無いままパリに出たが、幸運にして装飾画家のコロード・ジローとクロード・オードラン3世の助手を務めることになった。
ヴァトゥーは二人の師に導かれて「雅やかな宴」というジャンル創出し、雅宴画の世界で抜きん出た業績をなすことに成功した。
彼はこのジャンルで魔術的とも言われる色彩の才能を発揮し、作品に優雅でメランコリックな雰囲気を持たせた。
しかし、彼は結核のため37歳の若さで世を去った。
ヴァトゥー メズタン ヴァトゥー 絵画 ヴァトゥー 絵画
メズタン 牧人たち 平和な恋 恋の音階


ブーシェ 1703〜1770
18世紀フランスが生んだ最高の装飾画家フランソワ・ブーシェ。
彼が育った時代のパリは、仮面舞踏会やカフェの賑わいが戻り、貴族たちの暮らしぶりが最も華やいだ時代といえる。
ブーシェはルモワーズのもとで短期間の画業を修めた後、銅版画の彫師となった。
1723年ローマ賞を得て、3年間イタリア留学を許されヴェネチア、ローマにて学んだ。

パリに戻るとアカデミー会員に推挙され目覚しい活躍を開始する。
幅広い注文に多彩な才能で応じ優雅さと陽気なエロティシズムあふれる画風で人気を博した。当時の権勢をふるったポンパドール夫人がパトロンになったおかげで
画家として最高の栄誉を獲得した。

ブーシェ 絵画 ポンパドール夫人 ブーシェ 絵画
さくらんぼを摘む人のいる風景 ポンパドール夫人 モディスト 朝食


シャルダン 1699〜1779
ジャン=バティスト=シメオン・シャルダンは18世紀フランス絵画史において、ひときわ個性的な存在である。
ブーシェやフラゴナールと同時代の画家で、当時は華麗なロココ様式が栄え、官能的な神話画がもてはやされたにもかかわらず、シャルダンの名声を高めたのは
穏やかな静物画と家庭的な風俗画であり、その率直で明快な画風は市民階級だけでなく王族にも受け入れられた。
彼は終生、生まれ故郷のパリで暮らした。
外国などを旅し海外の美術を研究するなどの必要を感じなかったようで、自身の秩序正しい家庭の中に画題を見出すことを好んだ。

各作品の構図や色彩はシンプルながら見事に表現されており作品の純粋さにおいて彼の右に出るものはいない。
シャルダン 銅製の貯水器 シャルダン 絵画 シャルダン 絵画 シャルダン 絵画
銅製の貯水器 働き者の母親 家庭教師 ぶどうとざくろ


カナレット 1697〜1768
カナレット(ジョヴァンニ・アントニオ・カナル)ほどヴェネチアの建築の美しさを不朽のものとした画家はいない。
彼の描いたこの町の地誌画は非常に人気があり、特にイギリスの上流階級のあいだで、グランド・ツアー(大陸旅行)の記念としてもてはやされた。
カナレットの最盛期には注文が殺到した。そのため多くの二流画家が出来の悪いコピーを描いてこの需要に応えた。
カナレットはヴェネチアでも賞賛されたが
,おもなパトロンは常にイギリス人だった。
ヴェネチアでの仕事が少なくなると、彼は1746年から1756の10年間の大半をイギリスで過ごし、テムズ川やカントリーハウスの景観を描いた。

そのためイギリスの風景画家たちに大きな影響を与え、その名声は長くとどろいた。
カナレット 絵画 カナレット 絵画 カナレット 絵画
パチーノ・ディ・サン・マルコ:東の眺め 大運河のレガッタ キリスト昇天祭におけるブチントーロの帰還