Baroque 1600〜1700                     西洋画美術館 >> バロック

世界の名画 「バロック絵画」

バロック美術は、16世紀末から18世紀初頭にかけヨーロッパ各国に広まったバロックと総称される様式にもとづいた絵画や彫刻などの美術のことである。ルネサンス期の美術の理想とされた均衡のある構成より、意図的にバランスを崩した動的でダイナミックな表現が好まれた。ルネサンス後期のミケランジェロの晩年の作品はマニエリスムとも、バロックの先駆になったとも評される。宗教改革を経たカトリック教会の対抗改革(反宗教改革運動)や絶対王政の確立を背景にした美術様式であるといわれている
これまでの均衡の保たれていたルネサンス絵画とは対照的に、バロック絵画には躍動感があふれ、明暗の対比がはっきりとし、描かれている人物たちの動きは流動的である。画題となるのは主にギリシア神話や聖人、あるいは貴族や王族の生活や肖像である。また注文主は王族・貴族・教会などの大金持ちであった。


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ベラスケス 1599〜1660
セビーリャに生まれたベラスケスは、マドリードのフェリペ4世の宮廷で並はずれた成功をものにした。
王はベラスケスの技量にいたく感じ入り、ほかの画家には肖像を描かせなかった。
ベラスケスは12歳の時パチェーコという二流の画家に弟子入りするのだが、この人物が教養豊かで詩人でもあり彼の家は多彩な芸術家や文化人のたまり場でもあった。
フェリペ4世がベラスケスを気に入ったのも画家としての技量だけではなく彼の誠実で高潔な人間性にもあったようだ。
それらはパチェーコという師と出会ったことで育成されたに違いない。
ベラスケスの作品からは誠実で高潔な人柄が染み出てくるような気がする。
ベラスケス ラス・メニーナス ベラスケス バッカスの勝利
ラス・メニーナス バッカスの勝利 ウルカヌスの鍛冶場 セビーリャの水売り


カラヴァッジョ 1571〜1610
本名ミケランジェロ・メリージ。イアタリア、ミラノの小さな村カラヴァッジョの生まれのため、その通称で呼ばれている。
デル・モンテ枢機卿が『いかさま師』を気に入ったことから一流画家としての道を歩むことになる。
闇の中の人物に光をあてドラマティックに演出する手法を確立し、当時大きな評判を呼びデル・モンテ枢機卿の後押しもあり注文が殺到した。
しかし、個性の強い性格が災いし、あちこちで喧嘩や乱闘騒ぎを起こし、挙句の果てに殺人まで犯してしまい、その後4年もの逃亡生活を送ることとなる。
当時のイタリアは都市国家に分かれており、その地域を離れれば犯罪者として追われることはなかった。カラヴァッジョは逃亡中の4年間も精力的に作品をつくり多くの秀作を残している。
1610年7月、教皇の恩赦を期待してローマに向かう途中熱病に倒れ死亡する。享年38歳であった。
カラヴァッジョ キリストの埋葬 カラヴァッジョ いかさま師 カラヴァッジョ 女占い師
キリストの埋葬 いかさま師 女占い師 ロレートの聖母
カラヴァッジョ エマオの晩餐 カラヴァッジョ キリストの捕縛
果物かごを持つ少年 エマオの晩餐 キリストの捕縛 果物籠

ラ・トゥール 1593〜1652
1593年ロレーヌ公国(現フランス北東部)でパン屋の息子として生まれる。
ロレーヌ公国はフランスとドイツに挟まれた小国であったため、また宗教的にもカソリックとプロテスタントの争いの激しい地域でもあったことから
ラ・トゥール自身もその身の置き所に苦労した。
23歳までの記録はほとんど残っていないためどのように成人したのかは不明だが若いころから絵の才能は高く評価されていたようだ。
アンリ2世がラ・トゥールの作品を150フランで買い取った記録が残っている(労働者の一日の賃金が1フランの時代)

ロレーヌ公国がフランスの支配下に入った後もラ・トゥールの作品はフランス政府が高価で買い上げていたが地方都市での活動のためか
ラ・トゥール自身の名声は高まることがなかった。
ラ・トゥールの死後は急速に彼に対する関心が薄れ、その後、約260年もの間、完全に忘れ去られていた。

1915年、ドイツの美術学者が「ろうそくの光」に着目をしラ・トゥールを再発見し、次々にラ・トゥールの作品が日の目を見ることとなり、
今日では17世紀の巨匠の一人に数えられている。
大工の聖ヨセフ 豆を食べる人々 女占い師 マグダラのマリア
ヴィエル弾き 楽師たちのいさかい クラブのエースを持ついかさま師 枢機卿帽のある聖ヒエロニムス


ルーベンス 1577〜1640 プッサン 1594〜1665 バルデス・レアール 1622〜1690
ドイツ生まれでベルギーで活躍、バロック美術を代表する画家。
外交官としてもヨーロッパ各国を飛び回り大きな影響を与えた。
フランス画家。
ルネサンスの影響を受けながら古典主義の様式を確立したフランス最大のバロック画家。
スペインのセビーリャに生まれ、その実力は高く評価されていたが陰惨で暗い構図のため民衆からは支持されなかった。
プッサン アルカディアの牧人たち
レウキッポスの娘たちの略奪 アルカディアの牧人たち 世の栄光の終わり


レンブラント 1606〜1669
闇の中の人物にスポットライトを当てた集団肖像画でドラマティックなストリー性のある作品に仕上げ、一般市民をパトロンにしたレンブラント。
中でも「夜警」はオランダ絵画界を代表する作品となり、その評価は非常に高いものがある。
レンブラント 夜警
水浴の女
夜警
ニコラース・テュルプ博士の解剖学講義 ベルシャザルの饗宴
ニコラース・ルッツの肖像 悲嘆にくれる預言者エレミア 赤い帽子をかぶったサスキア 話し合うペテロとパウロ


フランス・ハルス 1582〜1666
ハルスは旅を好まず、オランダのハールレムで一生を送った。また、イタリアの巨匠たちにも興味を示すことが無く、絵画はほとんど独学で学んだが、オランダ絵画に新時代の息吹を吹き込んだといえる。肖像画家としての評価は高く成功を収めるのだが、なぜか経済的には貧窮し80歳で世を去った。
ジプシー娘 聖ゲオルギウス市民隊の幹部たちの宴会 風景の中の家族 笑う騎士


フェルメール 1632〜1675
レンブラント、ハルスに並ぶオランダの三大巨匠の一人。
生前は画家組合の理事にも選任されており、人気のあった画家だが作品数が少ないためか没後は長い間忘れられた存在であった。
窓から差し込む穏やかな光と影に包まれた人物の描写は何かを暗示させる深まりがある。
真珠の耳飾りの少女 デルフトの小路 デルフトの眺望 牛乳を注ぐ女
絵画芸術の称賛 レースを編む女 天文学者 女と召使